給餌場にて

冬の間、道東では、低温と降雪のため地面も水辺もほとんど凍り、餌の取れるところは、ごくわずかです。ですから、ヒトが餌を与えないと、タンチョウの今の数を保てません。冬の餌不足が、20世紀の半ばまで、半世紀以上も数が増えなかった最大の原因でした。
現在、給餌は30カ所ほどで行っていますが、冬の間もツルが居着くのは7〜8カ所。特にたくさん集まるのは阿寒町23線、鶴居村中雪裡と下雪裡、それに音別町です。阿寒町は丹頂の里、中雪裡は伊藤タンチョウサンクチュアリ、下雪裡は鶴見台という別名を持ち、観察用の施設もあります。

写真5 背まげ

給餌場へは、2羽で来るのが最も多く30〜40%、ついで1羽が20〜30%、その次が3羽の10〜20%です。残りが4羽以上ですが、多くても8〜9羽の群れです。飛ぶ高さは、さえぎる物がないと、地上わずか数 mです。行く手に電線などがあると、手前で高度を上げ、超えるとまたぐーと下がって低空飛行に移ります。つまり、近くへ行くとき、タンチョウはなるべく低く、時速50〜60 kmで飛びます。
番いや家族で移動のとき、オスがまず助走を始めますから、飛んでいるときも先頭はオスが多いのです。ただ、メスや子が先走り、飛行途中でもときどき順序は変わります。でも、行く先はやはりオスに決定権があると考えています。
給餌場へ来たうちの一部は、着陸のあと、嘴を上に向け、体を反らせます。この動作がタンチョウ独特の「背まげ」です(写真5)。では、これをするのはどちらの性でしょう。性別は見た目で分かりにくいですが、どうやらオスが多そうです。
背まげは威嚇の一つですから、強いツルは背まげで近くのツルを追い払い、弱いのは何もしないのでしょう。相手を排除する傾向の強いのはオスですが、夫婦ともども背まげをするのもいます。こうした夫婦ほど、群れの中で順位が高いのかも知れません。
給餌場では、撒いてあるコーンを、一粒ずつくちばしでつまみ、下を向いたまま、ひょいと口の奥へ放り込みます。十数回ひょいひょいを繰り返し、首をあげると、溜まった粒のかたまりが、長い首の食道を通って、ぐーっと胃の方へ降りるのが、外からも見えます。
1日に何回ひょいひょいを繰り返すか数えたところ、個体や日によりかなり差がありました。しかし、今のところオス・メスで差はなく、およそ700〜900回が標準的な回数です。コーンの重さにすれば270gほどです。
しかし、餌はこれだけでありません。プロフィールのところで挙げたように、さまざまな物を食べます。そのため、給餌場ですべての食品が間に合うわけでありません。そこで、いったん給餌場へ来ても、凍らない川や沼へ、自然の餌をとりに行きます。ですから、越冬地には、こうした自然食品を採る場がなくてはなりません。
左から写真6ーa,b,c,d 冬の給餌場で見られるポーズのいろいろ
給餌場は食堂兼休息場です。飛ぶための翼や、保温のための羽毛の手入れは欠かせません(写真6b)。くちばしでほとんどのところは届きますが、頭や顔、首の後ろは手(くちばし?)に負えません。手に負えなければ足を使えというわけで、片足を挙げ、足指で掻きます。翼は畳んだままの、「直接頭掻き」と呼ぶ方法です(写真6a)。
羽づくろいや眠るとき、よく片足で立ちます。ツルは片足立ちが特技のように言われますが、足が長いから目立つだけで、実は多くの鳥が片足で立ちます。寒いとき、懐手のまま近くの餌を拾う不精ものもいますし(写真6c)、本来、ツルは足を後ろに伸ばして飛ぶのに、気温が0度以下になると、片足か両足をお腹につけ、「足まげ飛行」するツルも目立ちます。いずれも、寒さ対策です。
ところで、給餌場のツルは、いつも穏やかな表情を見せているわけでありません。近くのツルや、行く手の邪魔なヤツを追い払うため、あちこちで小競り合いが起きます。
相手を追い払いたい夫婦は、首を上に伸ばし、嘴を天に向け、オスが大声でクァーと鳴き、すぐにメスがカッカッと2〜3声続けます(写真7)。これを1節として、クァー・カッカッ、クァー・カッカッと、多いときは40節ほど続きます。
これが「鳴き合い」で、オスの声は1キロヘルツ(kHz)前後、メスはそれより数百ヘルツ高いのが普通。鳴きだすとき、メスが先に声をあげる「婦唱夫随」もよく起きますが、数節鳴くうちに、オスが先に鳴く「夫唱婦随」型になります。
ところで、夫婦で鳴き合う写真をよく見かけます。どちらがオスかメスか、見分けられますか(写真7)。よく見て下さい。片方が翼を相手より高く持ち上げていませんか。それがオスです。絶対とはいえませんが、ほぼ間違いないメス・オス鑑別法のひとつです。
鳴き合いは、夫婦の絆を強めるとともに、相手への威嚇です。このほか、群れの中では、相手を呼ぶコーという大きな声、キツネの接近にクァロロロという警戒音、クオと短いつぶやき声など、いろいろな音がとびかいます。ときには2羽が喧嘩して、飛び上がりざま相手を蹴り、同時にシュハァーとしゃがれ声を発します。
こうした喧嘩の受け持ちは、もっぱらオスです(写真8)。もちろんメスもやりますが、オスほど激しくありません。細君が喧嘩しているとたいてい亭主が加勢に来ますが、その反対は多くありません。亭主同士が激しくやり合っているのを横目に、細君はせっせと餌拾い、という光景もざらです。
写真7 鳴き合い