子育て

最初の日、羽毛が乾くと、その日から、ヨコエビなどの小さな動物を、はし(嘴)移しにヒナへ与えることもあります。2卵めも1〜2日遅れで孵り、親が立ち上がると、巣の上で兄弟でつつき合ったりします(写真13)。このヒナの兄弟喧嘩はかなり激しく、幼少時の死亡原因の一つと疑われていますが、野外ではっきりした目撃例はありません。ただ、ヒナ2羽連れの家族は、年に7〜10家族で、子育てに成功した番いの1割ほどにすぎません。
写真13 ヒナ同士の喧嘩 仲良く見えるのだが
ヒナが孵ると、抱くのはメスの役目です。それに対し、家族を敵から守るのは、主にオスの役です。3〜5日で巣を離れ、ヒナは親について歩きます。しかし、親にはひとまたぎのヤチ坊主も、150gほどの薄茶色の綿羽のヒナには、大きな山です。従って、ヒナの移動能力が劣るため、両親もそばを離れず、家族が1日に動きまわる範囲、つまり「行動圏」はごく小さくなります。
巣を離れると、そこへはほとんど戻りません。ひと月ほどは、日中もメスは少し乾いたところへペタリと座り、ヒナはその下へ潜り込んで休みます。雨や日差しの強い日は、親は翼を広げて傘の代わりです。1ヵ月半くらいまで、メスは夜もヒナを抱きます。が、それ以上はヒナが大きくなりすぎ、体温調節も出来るようになり、抱くのを止めます。
親は、さまざまな昆虫や、タニシ、カエル、それに魚や植物のえき芽なども与えますが、大きなヌマガレイや20 cmを越すコイ・フナなどは、親が地面に置いてつつき、細かくして食べさせます。
ひと月も過ぎると、ヒナの翼の羽毛が伸び始め、自分で餌をとりますが、まだ親がかりです。生まれて3ヵ月たつと体もほぼ白くなりますが、頭は羽毛があるため、赤くありません。しかし、大きさは親と同じくらいで、翼の風切り羽も生え揃います(写真14)。
写真14 水浴びを学習するヒナ
このころ、ヒナはさかんに羽ばたき、飛ぶ練習をします。親も、飛び立たせようとヒナを誘い、特に父親が、飛行訓練に熱心で、ヒナに呼び掛けながら先頭を切って舞い上がります。つられてヒナが助走を始めると、母親は心配げにヒナの後を追い、ヒナが飛び立つのを諦めると、母親もすぐ走るのを止めます。そんなとき、飛び立たなかった家族を、上空から父親は大きな声で呼ぶのです(写真15)。
確かに、オスもメスも子に餌を与え、育雛を分担します。しかし、持ってくる餌の大きさは、オスとメスで違いますし、ヒナへのちょっとした気遣い、たとえば歩きの遅いヒナを、立ち止まって待つ母親の行動は、まるでヒトの親子を見ている感じです。親子3羽の家族では、日常的に、そうした母親と父親の違いが目につきます。
写真15 親子で飛行訓練
北国の初秋の気配を添えた風が、湿原のヨシを波立たす8月、幼鳥は助走のあと空中へ浮き上がります。生まれて100日ほどで、鳥になったことを祝し、呼び名もヒナから幼鳥へと変えましょう。
では、ヒナはどれほど生まれ、どれほど生き残るでしょうか。例えば、1998年の繁殖番い数は少なくとも214番いでしたから、産卵数を平均1.8とすると385個の卵が生まれたことになります。孵化率を7割とすれば270羽のヒナが孵った計算になります。そのうち最初の冬を迎えられるのは、よくても3分の1で、普通は4分の1ほどにすぎません。
恐らく、かなりのヒナが、生まれて2週間以内に死ぬと思われます。理由は確実に掴めていませんが、衝突事故や病気のほか、湿原の溢水に流されたり、カラスやワシ類、キツネやミンクなど、天敵に襲われるのが多いのでしょう。