春に

写真10 交尾 ?@背に乗った雄が雌の肩を足指でつかまないと落ちる A雄は前方に降りて雌と同時に背まげ
 2月半ば、まだ一面の冬景色の中に、かすかな春の匂いが、ふっとよぎります。それは、雪面をきらりと射る日の光や、シジュウカラの陽気な声や、スゲの上を覆っていたザラメ雪のくずれ落ちる、しのびやかな音などです。
すると、ツルの動きに変化が現れます。1羽が首を斜め上へ伸ばし、くちばしも少し上へ向け、ゆっくり歩きます。近くにいると、グルルルルとのどの奥で鳴るような、低い断続音が聞こえます。
 はじめのうちは、これで終わり。しかし、日が長くなるにつれ、この行動は次第に明確になり、もう1羽も同じ姿勢で従うようになります。これが、交尾への誘いです。誘いはメス・オスどちらからでもOKです。
 そのうち、1羽が立ち止まり、背を相手へ向けます。するともう1羽が、クォ・クォ・クォ・・・と、間をおいて鳴きます。背を向けたツルが、ゆるゆると翼を広げると、鳴いていたツルが、ゆっくり近づきます。1mくらいまで近づき、ちょっと立ち止まってから、ジャンプして、翼を広げているツルの上に乗り、羽ばたきながらバランスをとります(写真10?@)。やがて交尾が成立。上のツルは前へ飛び降り、2羽とも背まげをします(写真10?A)。鳴きながら近づいたのがオス、背を向けて翼を広げたのがメスです。
 交尾行動はメスとオスで違い、それぞれの行動が、相手の次の行動を引き起こす信号になるのでしょう。ただし、両性の状態により、手順が変わったり、メス・オスの行動が逆転したりします。つまり、両性とも反対の性の行動を示せるのですが、普段は片方の性の行動をするように制御されています。
 給餌場での交尾は、しかし、本物でありません。暖かい年は2月はじめから、普通は2月後半から4月にかけて、徐々に番いは湿地へ移り、適当なところになわばりを構え、本格的に繁殖に取り組みます。なわばりの広さは1〜3km2ほどで、湿地のほかに、餌のある水辺や、農耕地なども含みます。
 もし、番いが子連れならどうするでしょうか。前年の5〜6月から、誕生後片時も離れなかった親子も、早春の2〜3月、おもに越冬地で、別れを迎えます。まだ親について行きたがる子を、最初は主に母親が、あとからは父親がじゃけんに追い払い、子を独立させます。これが「子別れ」です。しかし、ここで親子の縁がすっぱり切れるのでしょうか。恐らく、ツルのような長生きの鳥は、見えない親子の絆が、その後も続くと考えています。
 最近は、この若いツルたちが給餌場付近に居残り、畑に蒔いたトウモロコシをついばみます。この食害を防ぎ、ツルを自然地で過ごさせるため、ヒトが手間と時間をかけて、耕地から彼らを追い払わねばなりません。ヒトがツルを永年保護して、ツルがヒトに頼るようになった結果が、この事態です。
 一方、繁殖のため湿原へ戻ったツルはどうしているでしょう。標識したツルの追跡結果をみると、彼らは前年のなわばりへ戻ります。つまり、ある繁殖地で営巣するのは、毎年同じ夫婦とみてよいでしょう。しかし、たとえば30年来、同じ場所にツルが住み着いていても、同じ夫婦と限りません。片方が死ねば、再婚した夫婦のどちらかが新顔ですし、ある年に夫婦がそっくり入れ替わることもあるでしょう。
 この点は、個体を判別できないと確かなことは言えませんが、まだ標識ツルが少なく、データ不足の状態です。ただ、新しい番いが、どこへ新居を求めやすいかは、ほぼ見当がつきました。つまり、新婚のカップルができると、オスの生まれ故郷近くに、新居を構えがちです。従って、メスの生活の場は、相方の出身地次第。たとえば、根室生まれの新婦も、新郎が釧路出身なら釧路暮らしになります。
 確かに、おおよそどこで暮らすかの決定権はオスのものです。しかし、その地域のどこで暮らすかを、オスが単独で決めるのか、メスの意見も入れるのか、まだ分かりません。また、なわばり内のどこに巣を造るか決めるのが、オスかメスかも、定かでありません。